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◆活字中毒◆


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角田光代『八日目の蝉』
評価:
角田 光代
中央公論新社
¥ 620
(2011-01-22)
コメント:薫、にとっての母親は、誰なんだろう。

 
 もう始まりからとても衝撃的でした。映画コーナーの中で原作が角田光代さんだと知って、さらに興味がわいて、取り上げられているセンテンスのひとつひとつもやっぱり彼女らしさがよくでていてとても面白かったから買ってみました。角田さんは短編集が多いけど、長編書いてもやっぱりすごいよ。びっくりさせられた。

 あのねえ、たぶんこのエリナはもう半分薫で、でも今はエリナとして生きなくてはならなくて、だから混乱して希和子をあの人って呼んでしまうんだよね。私は、母親ってどんなにどうしようもなくても幼いころの自分にとっては絶対的な正義で安心できる場所だったから、すごくこのもどかしい気持ちを抱えながら読了しました。

 希和子は確かに罪を犯していて、間違っても他人の子供なんて連れ去っていいものではないのです。でも、薫にとっての母親は間違いなく希和子しかありえないはずです。そして希和子は、間違いなく母親です。だからエンジェルホームに入ってまで薫を守り続けたんじゃないでしょうか。明日も薫と無事に過ごせますようにという彼女の願いは、犯罪者の願いではないと私は思います。それは母親の願いです。

 がらんどうという言葉が、希和子の中では意味を持っているようでした。それは重松清『疾走』の中で、シュウジが言われた、なんとかっていう言葉にも共通していると思うし、私が前に考えた「宙ぶらりん」にも共通していると思います。
 結局人の幸せを奪ったり、誰かを知っていて踏みつけて手に入れた間の幸せって、完全に心を満たすことができるものではないのです。いつも疑心暗鬼で、いつも不安に駆られていて、いつもびくびくと震えながら、スプーンの先にのせたほんのわずかな蜜を味わうのみです。本人は浴びるほど蜜を舐めているつもりでも、後から思い返せばそんな悲しいものなのです。

 それがわかったから希和子にはがらんどうという言葉が響いたのではないでしょうか、エリナの母にそこまで察しがついていたかいないかは置いておいても。

 エリナは新しい道を歩いています、どうしようもない男もばっさりと捨てましたしね!!未来の自分に会ってはいけないセーラームーンのように、きっと最後は会えないのだろうと思っていましたが、やっぱり会えませんでしたね。残念です。でも二人がやっぱり親子だっていうことは、疑いようもない事実ではないですか。薫、という子供が過ごした軌跡を知っている人がいる限りは。

|23:49| 小説 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 鳥皮女 - -
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